わたし あたくし わたくし あたし

15歳。自分の思ったこと、感じたことを取り留めなく綴っています。

夢十一夜

こんな夢を見た。

「あんたなんか消えちまえ」 母がそう言いながら私の頭めがけて思い切り星を投げた。 それまでがらんどうな部屋に気が狂いそうな程大きく響いていた私の声は夜の海のように静かに存在感を消していった。 喉の奥に言葉とかなしみが渋滞する。

「あんたはハズレだったのよ。あとでブラックホールにあんたの遺体を投げ入れに行くから。」 頭は熱に魘されるように暑くて意識が飛びそうなのに、母のその言葉 だけはやけにはっきりと聞こえた。 星の熱はみるみるうちに身体に広がって、身体の芯がじんじんと痛むのと同時に身体が段々自分から離れて行った。 音が聞こえる。身体の熱さを加速させるような。

「あ」

「あ、の」

「な、に、な、の」 わたしはそばで聞こえるような、遠くで聞こえるような、あるいは何 も聞こえないような、そんな不確かな音に無意識のうちに話しかけていた。

 

「お前は母親を憎んでいるか」

わたしは何も言えなかった。

「生きたいのか、まだ」

続けて音は言った。わたしはまたなにも言えなかった。

けれど、音はそんなわたしに動揺する素振りもなく平坦な声で少し間をおいてまたわたしに言う。

「母親に伝えたいことでもあるのか。お前には時間がない。もしさっき母親に投げつけられた星の熱が全身に及んでしまったらもうお前に

はなにも残らない。」

それでもわたしはなにも言えなかった。そのかわりに右手を軽くつねった。まだそこにはしつこいぬくもりが残っていて、なぜかそれに少し安心していた自分がいた。

星の熱でもなんでもいいから、さっさと身体を蝕んでわたしを消えさせてくれないだろうか、心ではそう思っているのに、わたしのもっと奥深くにあるなにかがそれを許さなかった。その奥深くにあるなにかはまだひんやりと冷たいようだった。

「生きたいくせに。」音からそう言われたような気がした。

 

ブラックホールに連れて行かれるのだろう?あそこに吸い込まれて しまったら、感情と身体が真っ二つに切り離されて、身体はブラック ホールで眠り、感情だけが自分の持ち主をさがして広い宇宙を永遠に飛び回るのだ。そうなったらもう打つ手はない。 もし少しでも何か未練があるのなら涙を流せる気力だけは残してお け。ではな。」

耳元が淋しくなった。 涙を流せる気力も体力ももうきっとなにも残っていない。そう思った 時、乾いた土地に水がだんだん染み込んでいくようなそんなささやかな幸福を感じたと同時に、まだ自分に欲が残っていることに気がつい た。目の端に捉えた身体の一部らしき物体は、輪郭が見えないほど、 何色とも例えられないような光で包まれていた。直視することができ なくて、慌てて目を逸らしたけれど目の奥に残像が残りつづけた。

しばらくして、おもむろに目を開けると身体はもう全く光っていなくて、あの閃光は幻だったのかと妙に納得した。なんとなく背中あたりがじりじりと痛む。脚が床からふわふわと離れていっているような気がした。近くからは偽物の甘い香りがして、鼻の奥に立ち込めた。

 

「やっとあんたと離れられる。ブラックホールであんたと同じように 誰にも必要とされずに体だけ残った奴らと精々上手くやっていくこと ね。あーあ。こんなことならもっと痛い目に合わせとけばよかった。 その不細工な顔が簡単に溶けて崩れるくらいにね。」 母だった。もう目を開けるなんて発想にも至らなくてわたしはそのま ま目をつぶっていたけれど、母が薄気味悪い笑みを浮かべている様子がありありと想像できた。母はかなしい人だった。

じりじりとした焼けるような痛みを伴いながら、身体が段々宙に浮いてきた。誰かにおぶわれるわけでもなく、抱かれるわけでもない。

どこにも行き場がない。わたしは宙ぶらりんだった。 痛み自体は、とても耐えられないようなものではなくて、星を投げつけられた時に比べれば幾分もマシだった。しかし第六感で自分がなんだか嫌な場所に近づいているということがわかった。 突然わたしを宙ぶらりんにしていた母の手が離れる。

 目の前には、平衡感覚も倫理的価値観も一瞬にして吸い込まれて しまうような、真っ黒な大きなポケットのような場所が平然とわたしの前に座っていた。

 

真っ黒なポケットに落ちてしまわないように気をつけながら中をのぞいてみると、そこには一目見ただけでは到底わからないような、イル ミネーションを彷彿とさせる小さな光がそこら中に散らばっていた。 あれがわたしと同じ誰からも必要とされずにここにきた人たちなのか もしれない、とふと思った。

 

「ーーーーーーーーーー」 ただただ無音だった。無音という音に身体の中の臓器と呼べるもの全てを突き破られてしまったような衝撃が走った。 辺りを見渡すと果てのない、真っ黒な空間にいて、人の形のような小さな光が物悲しく光っていた。自分の足元に目がくらむような明るさを感じて下を見ると、わたしの足も光を帯びてきていた。 ああ、もういいや。もういいや。もういいんだよ、これで。 自分の全てを投げ捨ててしまおうとそうわたしは決めた。 しかし、また不可思議な音がわたしに話しかける。 「おい、あんたこのままでいいのか。」 「いい、いい、はず、が、ない。」

わたしはそう音に言った。

 

「淵、まだここはブラックホールの淵だ。まだ間に合う。」 音が言った。わたしはぶらんと垂れ下がった首をなんとかあげて上を 向いた。ブラックホールから見える空には赤や黄色や白の光る何かが 埋め込まれていて、さそりの模様を作っていた。 母の姿はもうどこにもなかった。それに気づいた時、なぜか力が抜け てきて、勝手に乾いた笑い声がこぼれた。乾いた笑い声はブラックホ ールの奥に吸い込まれていった。

「母親を憎んでいるか」

音が言った。母の甘ったるい人工的な香水の匂いはまだ鼻に食らいついていた。

わたしに星をぶつけた母は今何をしているのだろう。

頬に冷たい液体が流れて、顎の先に溜まった。 流した涙は宇宙に浮かんでいって、一瞬でわたしの頬を離れた。 次々と星に変わっていく。 きらびやかというよりはきらきらでまばゆいというより明るい光り方 だった。アクアマリンの宝石箱をひっくり返してしまったような。

 

わたしの星は赤や黄色の星たちのように、夜空に埋め込まれはせずに、下へ下へと落ちていった。

「これは母親に届けておく。それがお前の望みだな?」

耳元でかすかに音がした。

「は、い」 わたしは音にそう言って、ブラックホールの淵に捕まって音と、身体を離れた感情の行く先を見つめていた。

 

 

 

(14歳の時に書いた短編小説を見つけたので載せてみました...)